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浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)1064号 判決 1989年4月26日

主文

一  被告は、原告菊地功に対し、金一〇〇一万五九六一円、原告菊地玲子に対し、金九七三万四二九七円及び右各金員に対する昭和六〇年九月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、一に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告ら各自につき各金六〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告菊地功に対し金一七九一万一四一二円、原告菊地玲子に対し、金一七一四万一九七二円及び右各金員に対する昭和六〇年九月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  仮執行宣言付き被告敗訴判決のときは仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

原告ら(以下、原告菊地功を「原告功」、原告菊地玲子を「原告玲子」という。)の長男である訴外菊地健太郎(昭和五五年一〇月二七日生まれであり、当時四歳七箇月。以下「健太郎」という。)は、昭和六〇年六月一日の朝、三歳の妹と原告ら肩書き住所の自宅玄関先で遊んでいたが、午前九時三〇分ごろ、植木の花びらを集めて約三〇メートル離れた毛長川に流しに行ったところ、誤っておもちゃを川に落としてしまい、これを川面から拾い上げようと川岸に打ち込まれていた木杭に張り渡されていた鉄線の間をくぐって川辺に入り込み、足を滑らせ、鳩ヶ谷市三ツ和三四四六番地先毛長川の別紙図面表示の×点付近(以下「本件転落地点」という。)に転落し、その結果、翌二日死亡(でき死)するに至った。

2  毛長川の工事状況等

毛長川については、本件事故当時、埼玉県知事が訴外大五興業株式会社に請け負わせて、別紙図面中本件転落地点の際の「八・四〇K」と記載のある地点から、北方上流に向かって約四四メートルの区間にわたり、川の両岸を垂直に掘り下げて両岸を鋼矢板で囲い、川幅を九メートルとし、水深も深くして河積を広げ、かつ、両岸にさくを設ける内容の河川改修工事(以下「本件改修工事」という。)を行っており、本件転落地点は本件改修工事がされている部分と未改修の部分との境めに当たる。

3  毛長川の管理者及び費用負担者

毛長川は一級河川であり、本件転落地点は河川法九条二項に基づき建設大臣が政令によって埼玉県知事に管理を行わせている指定区間に含まれる。また、毛長川の工事及び管理のための費用は埼玉県が負担している。

4  本件転落地点付近の毛長川の状況

本件事故現場付近の毛長川は、本件改修工事が行われる前は川幅が約七メートルないし一一メートルであり、水深は川岸から川中央にかけて徐々に深くなっていて、深い所で約七〇センチメートルであり、葺などの雑草が繁茂した岸が水辺まで緩やかな傾斜をもって続き、水辺に近い所は湿地の状態であった。したがって、幼児にとっては、その付近は足場が悪くて先に進みにくく、水辺まではそもそも近づきがたい状況であった。また、幼児が万一川に落ちても、岸辺付近であれば十分足が立ったほか、斜面に生い茂っている雑草につかまって容易に岸に登れる状態であった。しかし本件改修工事によって川岸が垂直に掘り下げられたため、川底は岸から急に深くなって約一・八メートルの水深となり、かつ、どろ状になった。また、本件改修工事により、侵食防止のため岸辺に土嚢が積まれたためつかまるものが何もなく、大人でさえ一度落ちるとなかなかはい上がれない状況になっていた。

5  責任原因及び因果関係

本件転落地点付近は、民家が近くに立ち並んでいるため、近所に住む子供たちが絶えず通行しているほか、公園が近く、その入口は毛長川に面していることもあって、付近に住む子供たちが毎日遊びにくる地域である。埼玉県知事には、前述のように本件転落地点を含む指定区域内の毛長川に対して管理責任があり、本件改修工事を遂行するに当たっては、改修工事箇所及びその周辺の工事による影響が及ぶ箇所(以下これらを総称し「改修工事現場」という。)を特に安全に管理すべき注意義務が存するところ、毛長川は本件改修工事によって極めて危険な状態になったのであるから、被告には幼い子供たちが工事中の川に近づけないように一・五メートル以上の高さの金網フェンス若しくは有刺鉄線で改修工事現場を囲う等の保安設備を施して幼児等の水死事故を未然に防止すべき義務があった。特に、昭和五九年には、付近に住む小学校三年生の男の子が毛長川に転落した事故があったほか、昭和六〇年四月にも、子供が本件転落地点から五〇メートル上流で転落した事故が起こっていたのであるから、なお一層の保安管理をすべき状況下にあった。しかるに、被告の浦和土木事務所職員は、本件転落地点付近には、約一メートルの木杭を立て、杭と杭との間に約三本の針金を張ったさくを作っただけであった。これでは幼児はさくをくぐって簡単に川の危険箇所に立ち入ることができ、改修工事現場において幼児等の水死事故を未然に防止するだけの安全管理はされていなかったといえる。本件事故は右状況下で発生したものであり、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために生じたものである。

6  損害

(一) 逸失利益及び相続

健太郎は本件事故当時四歳の健康な男子であったから、一八歳から六七歳までの四九年間は稼働可能であり、その間賃金センサス男子労働者学歴計によれば、平均年収である三七九万五二〇〇円の収入を得ることが可能であった。右収入の五割を生活費として控除し、ライプニッツ式計算方法(ライプニッツ係数九・三九三五)により算出すると、健太郎の逸失利益相当の損害は一八二八万三九四五円となる。

原告らは、法定相続分に従い、右損害金の賠償請求権の二分の一(九一四万一九七二円)ずつを相続した。

(二) 入院治療費

原告功は、埼玉厚生病院の入院治療費として、六万九四四〇円を支払った。

(三) 慰藉料

健太郎は原告らの長男であり、四歳という可愛い盛りの突然の死であり、原告らは失望と悲嘆のどん底に突き落とされた。右精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告らそれぞれにつき六五〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用

原告功は、健太郎の葬儀費用とし、七〇万円を支出した。

(五) 弁護士費用

原告らは、原告ら代理人に本訴の追行を委任するに当たり、各自一五〇万円ずつを支払う旨約した。

7  よって、原告らは、それぞれ被告に対し、主位的に国家賠償法二条一項、予備的に同法三条に基づき、原告功は前記6の(一)ないし(五)の損害の合計一七九一万一四一二円、原告玲子は前記6の(一)、(三)及び(五)の合計一七一四万一九七二円並びに右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和六〇年九月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1について

健太郎が原告らの長男であり、本件転落事故当時四歳七箇月であったこと、健太郎が足を滑らせて毛長川に転落し、昭和六〇年六月二日死亡するに至ったことはいずれも認める。その余の事実は知らない。

2  請求の原因2の事実はいずれも認める。

3  請求の原因3の事実はいずれも認める。

毛長川は、埼玉県川口市大字安行慈林字法印前三三番地先を左岸、同市同大字同字五番の四地先を右岸とする上流端と綾瀬川への合流点を下流端とする区間について、昭和四九年四月一一日、河川法四条一項に基づいて建設大臣により一級河川に指定されると同時に同法九条二項による指定区間(以上を総称して、以下「本件指定区間」という。)とされ、埼玉県知事が管理の一部を行うこととなり、本件転落地点は右区間内にある。しかし、埼玉県知事は国の機関として毛長川の管理を行っているのであるから被告埼玉県は毛長川の管理者とはならない。したがって、仮に本件改修工事現場の管理等に瑕疵があったとしても、被告が管理者としての責任を負う理由はなく、その責任を負うのは国である。

4  請求の原因の4のうち、本件改修工事の本件転落地点付近は、岸が水辺まで緩やかな傾斜をもって続いていたこと、本件改修工事によって川岸が垂直に掘り下げられたため、川底は岸から急に深くなったこと、及び本件改修工事により岸辺に土嚢が積まれたことはいずれも認める。本件改修工事前の本件転落地点付近の岸に葺などの雑草が繁茂していたこと、岸辺付近は湿地の状態であったこと、及び幼児にとっては、水面まではそもそも近づきがたく、たとえ近づいたとしても岸辺付近は足場が悪くて進みえなかったことはいずれも知らない。

5  請求の原因5について

公園が本件転落地点の近くにあることは認める。毛長川が本件改修工事によって危険な状態になったこと及び浦和土木事務所職員は本件転落地点付近には約一メートルの木杭を立て、杭と杭との間に約三本の針金を張ったさくを作ったことはいずれも認める。

昭和五九年には付近に住む小学校三年生の男の子が毛長川に転落していたほか、昭和六〇年四月にも子供が本件転落地点から五〇メートル上流で転落した事故が起こっていたことはいずれも知らない。

改修工事現場において幼児等の水死事故を未然に防止し得るだけの安全管理はされていなかったといえること及び本件転落事故は公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために生じたものであることはいずれも争う。本件事故現場付近には、地上部分の高さが約九六センチメートルの四本の杭が打ち込まれており、杭と杭の間には約二〇センチメートルから三〇センチメートルの間隔で三本から四本の鉄線が張り渡され、人が立ち入ることのないようにして、人が誤って川に転落しないようにされていたのであるから、その設置及び管理に瑕疵はなかった。また、このように杭を打ち込み、鉄線を張り渡したのは、そこが危険な場所である旨警告して人の立入りを禁じたものであって、右警告を無視して鉄線の間をくぐり抜けて立ち入るものがあることまで予測することは極めて困難である。

6  請求の原因6の事実はいずれも知らない。

三  抗弁

健太郎は本件転落事故当時四歳七箇月であり、幼稚園に通園していたのであるから、少なくとも同年輩の幼児の平均的知能を備え、既に事理弁識能力を有していたと思われるところ、本件転落事故現場付近には杭が打ち込まれ鉄線が張り渡されて人が立ち入ることのないようにしてあったのに、同人があえて鉄線の間をくぐり抜けて立ち入ったため本件転落事故発生に至ったのであるから、本件転落事故発生については同人に過失があったというべきであり、仮に、被告に本件事故について損害賠償責任があるとしても、損害賠償額を算定するに当たっては健太郎の過失を斟酌すべきである。

また、本件転落事故は、原告らが親権者として本件転落事故現場付近のような危険な場所に立ち入らないよう十分健太郎を監督すべき義務があったのに、右監督をしなかったために発生したものであるから、仮に、被告の責任を認めるとしても、損害賠償額を算定するに当たっては原告らの過失についても斟酌すべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一  本件事故の発生

健太郎が原告らの長男であり、本件事故当時四歳七箇月であったこと、健太郎が足を滑らせて毛長川に転落し、昭和六〇年六月二日死亡するに至ったことは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に<証拠>を併せ検討すれば、以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

健太郎は、昭和六〇年六月一日、幼稚園が休みのため午前九時少し前から原告ら肩書き住所の自宅玄関先で当時三歳の妹と一緒に遊んでいたが、そのうち、同所から約五〇メートルほど先を流れている毛長川に花びらを流しに行ったところ、おもちゃを水中に落としてしまったため、これを追いながら、川岸に設置してあった木杭に張り渡されている鉄線の間から中に入り、岸辺に寄った際、誤って足をすべらせて本件転落地点に転落し、救助された時は既に遅く、手当てを尽くしたが翌二日死亡(でき死)するに至った。

二  毛長川の工事状況等

請求の原因2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三  毛長川の管理者及び費用負担者

請求の原因3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

本件改修工事現場の管理責任に関する被告の主張について判断するに、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、毛長川のうち、埼玉県川口市大字安行慈林字法印前三三番地先を左岸、同市同大字同字五番の四地先を右岸とする上流端と綾瀬川への合流点を下流端とする区間(本件指定区間)は、昭和四九年四月一一日、建設大臣により、河川法四条一項の規定に基づき一級河川に指定の変更がされると同時に、同法九条二項の規定による指定区間とされ、埼玉県知事がその管理の一部を行うこととなったこと及び本件転落地点は右指定区間内にあることが認められるので、本件転落地点付近に対する埼玉県知事の管理は、建設大臣の指定に基づき、国の機関として行うものであることは所論のとおりである。しかしながら、右事実関係によれば、埼玉県知事は、国の機関としてにせよ、自ら本件転落地点付近に対し管理責任を負うに至っているものであることは明らかであるばかりか、前記のとおり当事者間に争いのない請求の原因2の事実のほか、<証拠>を総合すれば、埼玉県知事は、その組織の一部である浦和土木事務所により昭和五九年一二月二七日、訴外大五興業株式会社に請け負わせ、同日から昭和六〇年三月一〇日までを工期として本件改修工事をし、その区間より下流側については、当時既に、同じく被告の組織の一部である南部河川改修事務所において同年秋ごろから河川改修工事を行うことを予定していたこと、本件転落地点は、右両改修工事の各対象区域のちょうど境めとなる箇所で、浦和土木事務所による河川工事区域には直接含まれてはいなかったが、工事が本来の対象区域ちょうどに終わらず、岸辺の掘り下げ等が右地点にまで及んでいたため、同事務所の指示により右地点の際の岸辺ののり部分に土嚢が積まれたり、後記認定のとおり同事務所職員によりその岸辺近くにさくが設けられたりしていた箇所であって、本件転落地点付近には、浦和土木事務所が現実にも管理を及ぼしていたことが認められる。それゆえ、本件転落地点付近に対する埼玉県知事の管理は国の機関として行うものであることを理由として、被告には国家賠償法二条一項の規定による賠償責任がないとする旨の被告の主張は理由がなく、右事実関係によれば、本件転落地点付近に対する管理に瑕疵があったと認められる場合には、被告はその瑕疵による同条項所定の責任を免れないものといわねばならない。

四  本件転落地点付近の毛長川の状況

請求の原因4のうち、本件改修工事前の本件転落地点付近は、岸が水辺まで緩やかな傾斜をもって続いていたこと、本件改修工事によって川岸が垂直に掘り下げられたため、川底は岸から急に深くなったこと、及び本件改修工事により岸辺に土嚢が積まれたことはいずれも当事者間に争いがない。また、<証拠>を総合すれば、本件改修工事前の本件転落地点付近には葺などの雑草が繁茂し、その岸辺付近は湿地の状態であったこと、本件事故当時の本件転落地点付近は、約八〇センチメートルの水深であり、川底はどろ状で、川中に入ると足元が固定されず、身体がどろの中に沈んでいくような状態であったこと、本件転落地点付近の岸辺ののり部分に積まれた土嚢部分には、つかまるものがほとんど何もない状態であったことがそれぞれ認められる。右各事実関係によれば、本件転落地点付近は、本件改修工事前の状況に比し、本件改修工事後には、それに著しい変化が生じ、幼児がいったん川に落ちると、足も立たず、はい上がることも極めて困難な状態になる等、本件改修工事によって危険性が極めて高くなったものというべきである。右認定説示を左右するに足りる資料はない。

五  責任原因及び因果関係

<証拠>によれば、本件転落地点の岸辺は住宅地域に近接しており、同地点付近の毛長川の両側には数メートル幅の生活道路が並行し、同地点から四〇メートル前後の所には、毛長川と道路をはさんで公園の出入口が設けられている(公園が本件転落地点の近くにあることは当事者間に争いがない。)ことが認められる。このように、本件転落地点を含む毛長川が地域住民の生活圏に密接している状況の下において、前記四に認定説示のとおり、本件改修工事を契機として本件転落地点付近の危険性が増大するに至った以上(なお、前記三の事実関係に徴すれば、そのように危険性が増大した経過、状況については、埼玉県知事において当然予測可能であったというべきである。)、同地点付近の毛長川の管理者としては、しっかりした金網フェンス等で改修工事現場を囲い、幼児らが容易に川辺に入り込む余地がないようにする等、より適切にして十分な危険防止措置を講じてその危険が地域住民らに及ぶことのないようにする義務があったというべきである。

ところで、<証拠>を総合すれば、当事者間に争いのない請求の原因2のとおり本件改修工事が行われた所定の区間については、その工事の一環として、本件事故当時既に川沿い(道路際)一面に、四九センチほどの高さのコンクリート製土台が設けられ、その上の支柱に高さ一・二メートルほどの金網フェンスが張り巡らされていたが、その金網フェンスは本件転落地点の岸辺に至る直前でとぎれ、同地点の岸辺には、前記三に認定したとおり同地点にまで岸辺の掘り下げが及んでいたにもかかわらず、また、同所は工事を施工した部分と将来の計画部分との境めとなっていたため、掘り下げ未了の岸辺が同地点に面して道路側から張り出している状況となっていたにもかかわらず、右のような金網フェンスは張られず、あるいはまた、木杭に縛りつける等の方法で移動可能のフェンス(本件事故後には、これが現場に取りつけられた。)が暫定的に設置されるようなこともなく、ただ、浦和土木事務所職員によって高さ約一メートルの木杭が約二メートルほどの間隔で数本打ち込まれ、その杭と杭との間に三、四本の鉄線が張られていたにすぎず、しかも、前記金網フェンスのとぎれ部分とその際の杭との間には、通り抜け可能な間隔が空いており、杭と杭との間の鉄線は有刺鉄線ではない単なる針金である上、張りぐあいが相当に緩んでいる部分もあったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係によれば、右のようなさくの設置は、一つの安全対策措置であったにしても、前記のとおり本件転落地点付近の危険性が高まったのに伴って採られた措置としては、いまだ適正にして十分とはいえず、前記のとおりの改修工事により同地点付近に増大した危険は、地域住民らに対する関係でなお残存していたものといわざるを得ず、他に、同地点付近に特段の危険防止措置が講じられていたことについての主張立証はないので、同地点付近の毛長川に対する埼玉県知事の管理にはなお瑕疵があったものというべきである。

そして、前記一に認定した本件事故の態様にかんがみると、本件事故と毛長川に対する右のとおりの管理の瑕疵との間には、相当因果関係が存したものというべきである。

したがって、被告は、国家賠償法二条一項の規定により、健太郎及び原告らに生じた本件事故による損害を賠償する義務がある。

六  損害

1  健太郎の逸失利益

健太郎が本件転落事故当時四歳であったことは前記のとおり当事者間に争いがなく、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、健太郎は健康な男児であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。昭和六〇年簡易生命表によれば、四歳の男子の平均余命は、七一・四二年であること、賃金センサス昭和六一年第一巻第一表学歴計によれば、昭和六一年における男子労働者の平均賃金年収は、四三四万七六〇〇円であることが明らかである。以上の事実を基礎として、健太郎の稼働可能期間を一八歳から六七歳までの四九年間とし、控除すべき生活費を二分の一とし、ライプニッツ式計算方法により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すれば、次のとおり一九九四万七六五八円となる(円未満切捨て。以下同じ。)

算式 四三四万七六〇〇円×〇・五×(一九・〇七五〇-九・八九八六)=一九九四万七六五八円

原告らは、健太郎の父母であるから、相続によってそれぞれ健太郎の右損害の賠償請求権の二分の一である九九七万三八二九円ずつを取得した。

2  入院治療費

<証拠>によれば、原告功は、本件事故による健太郎の埼玉厚生病院における入院治療費として六万九四四〇円を支払い、同額の損害を被ったことが認められる。

3  慰藉料

原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは長男である健太郎の死亡により、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるが、一方、原告ら側にも、後記のとおり本件転落事故発生につきかなりの過失が存すると認められることその他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を斟酌すると、原告らの本件事故による慰藉料としては、各自三〇〇万円が相当である。

4  葬儀費用

弁論の全趣旨によると、原告功が健太郎の葬儀費用を支出したことが認められるが、その額としては四〇万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

5  過失相殺

まず、前記一認定の本件事故発生に至る経過にかんがみると、本件事故の発生については、健太郎自身に不注意があったことは否定すべくもないが、同人は本件事故当時いまだ四歳七箇月の幼児であったから、通常、社会生活に伴い発生することあるべき諸々の危険を自己の判断により予見し、これを回避するだけの能力を備えていなかったものと推定される。そうすると、健太郎がいわゆる事理弁識能力を有していたものと認めることはできないから、同人の右不注意を過失として本件損害賠償の額を定めるにつき斟酌することは相当でない。

しかしながら、原告ら各本人尋問の結果によれば、原告玲子は、健太郎が妹とともに外で遊んでいるのを見ながら、隣家の主婦に「ちょっと出かけるからお願いします。」と声を掛けただけで、健太郎らを置いたまま外出し、その間に本件事故が発生したものであること、原告らは、近所の毛長川は改修工事により従前より危険な状況にあることを承知していたこと、また、原告らは健太郎に対し、無断で公園等に出かけることや毛長川に近づくことを禁止してはいたものの、公園に行くときには川沿いの道を行くように指導していたことが認められるので、少なくとも右のとおり原告玲子が健太郎を置いたまま外出した間、原告らは健太郎に対し親権者としての監督義務を十分に果たさなかったもので、このような原告らの健太郎に対する監督不行届が本件事故発生に寄与した割合も相当高いものと評価される。

そこで、本件賠償額の算定に当たっては、原告ら側の右過失を考慮し、なお、公平の見地から、毛長川に対する前記管理の瑕疵の度合い(本件転落地点付近の岸辺にさくが設けられていたこと自体はそれなりに評価すべきである。)、本件事故の態様をも参酌し、原告らの損害からその四割を過失相殺として減額するのが相当である。

6  小計

そうすると、以上の原告らの損害のうち、被告において賠償すべき金額は、原告らそれぞれにつき1の逸失利益の各相続分九九九七万三八二九円ずつ、原告功については更に2の入院治療費六万九四四〇円及び4の葬儀費用四〇万円を加算した額をそれぞれ前提とし、これについて四割の減額をし、これに慰藉料三〇〇万円ずつを加算して原告功につき九二六万五九六一円、原告玲子につき八九八万四二九七円となる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告らは、本訴の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、少なくとも総額二〇〇万円を超える報酬等を支払い、もしくはその支払を約していると認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額等にかんがみると、原告らが支払うべき弁護士費用のうち本件事故による損害として被告に賠償を求め得る額は一五〇万円と認めるのが相当である。したがって、原告各自がこれを平等に負担するものと推認して、各自七五万円ずつの損害を被ったものと認める。

七  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告功については一〇〇一万五九六一円、原告玲子については九七三万四二九七円及びそれぞれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和六〇年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及び仮執行の免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 鈴木航兒 裁判官 合田智子)

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